ヨーネ病清浄化で世界一安全な日本酪農

家畜の感染症「ヨーネ病」を起こす抗酸菌

ヨーネ菌は、牛などの反芻(はんすう)動物家畜の感染症であるヨーネ病を起こす抗酸菌です。反芻とは食物の摂取方法のひとつで、口での咀嚼(そしゃく)と胃での部分的な消化の繰り返しで食物を消化することをいいます。ヨーネ病の感染経路としては経口感染や、感染動物の糞便や乳からの感染が報告されており、家畜内の感染の広がりが起こりやすいといえます。

ヨーネ病は獣医学や家畜衛生分野で研究すべき問題として認識されていました。ちょうど私が札幌で獣医病理学研究をしていた頃、牛ヨーネ病の発生が増加していたこともあり、牛を対象としてヨーネ病感染のメカニズムの研究を開始しました。

ヨーネ病の研究を進め、米国で開催された第1回国際ヨーネ病学会に参加したときのことです。その学会で、ニューヨークのリンダさんというクローン病患者さんから抗酸菌が分離されたという発表がありました。その後分子生物学的にその抗酸菌がヨーネ菌であることが判明し、リンダ株と命名されました。つまり、ヨーネ菌がヒトの病気にも関与する可能性が示されたのです。その後、医学、人体病理学、公衆衛生学、食品衛生学の研究分野においても、ヨーネ菌の研究が行われるようになりました。

 

自己免疫疾患にヨーネ菌が関連するかもしれない

現在、クローン病や多発性硬化症などの自己免疫疾患やアレルギーの発生に、ヨーネ菌やヨーネ菌死菌が関連することが示唆されています。クローン病や多発性硬化症は厚労省の指定難病で、遺伝的要因や環境的要因など、発症の原因としてさまざまな要因が報告されていますが解明にはいたっていません。クローン病や多発性硬化症の発生は増加し続けており、欧米では日本の10倍ほどの発生があります。

ヨーネ菌はどのように自己免疫疾患の発症に関連するのでしょうか。自己免疫疾患は免疫系が過剰にはたらき、本来攻撃しなくてもよい正常な細胞をも破壊してしまうことで発症する疾患です。自己の細胞組織を攻撃するリンパ球の由来は腸粘膜であることがわかっています。つまりヨーネ菌やヨーネ菌死菌が最大の免疫器官である腸組織内に入ると、異物を取り込んで抗原を提示する「抗原提示細胞」や、抗体の産生に関与する「B細胞」や「T細胞」に異常な刺激を与えて、自己免疫疾患を引き起こす「病原リンパ球」を生み出すと考えることができます。

私たちはこれまでの研究で、クローン病患者らの腸組織にヨーネ菌DNAが存在することや、ヨーネ菌に対する抗体(IgG抗体、IgE抗体)を持つ人がいることなどを明らかにしてきました。さらにヨーネ菌死菌をマウスに注入することでクローン病モデルや多発性硬化症モデルを再現することにも成功しています。ヨーネ菌にはヒトの細胞やタンパク質と共通の抗原構造をもつペプチド配列があるため、Tリンパ球が自分の細胞を、すでに異物として認識しているヨーネ菌と誤解して攻撃する可能性があります。また、ヨーネ菌が免疫活性を強めるアジュバント成分をもつことからも、ヨーネ菌やヨーネ菌死菌体が異常な免疫応答を起こしているのではないかと私たちは考えています。

 

乳製品中のヨーネ菌検出技術の高感度化

自己免疫疾患の発症要因には遺伝的な背景があるとされる一方で、実際に発症するにはなんらかのトリガー因子(引き金)が必要だと考えられています。食品の摂取は環境要因のひとつです。もし乳製品中にヨーネ菌やヨーネ菌死菌が含まれていれば、その摂取が自己免疫疾患発症の引き金のひとつになりえます。日本は法律により世界一厳しいヨーネ病感染の防除を行っていますが、諸外国の対策は日本ほど徹底しておらず、感染農場や感染動物がたくさん存在するのが現状です。そのため、国内で粉ミルクや乳加工製品を製造するための輸入原料がヨーネ菌に汚染されている可能性もありますが、実際に国内の乳製品中にヨーネ菌や死菌体が存在するかについては分析できていません。

自己免疫疾患の原因として提起されているヨーネ菌が、日常で摂取する製品にどの程度含まれているかを定量的に明らかにすることはとても重要であると考えています。現在は、医学部、医療機関と連携して国内に出荷されている乳製品中のヨーネ菌の有無について予備試験をしたところであり、陽性結果を得ていますが、より多くのサンプルでの解析や検出方法の高度化が必要です。そこで本研究では、赤ちゃん用の粉ミルクからチーズやバターなどの一般乳製品、加工品などについて、ヨーネ菌の含量を明らかにします。

ヨーネ病の基礎研究強化で日本の酪農を世界一にできる

私自身はこれまで、感染発症の病理発生機序の研究を同筒衛生研究所、アメリカの国立獣医学研究所、フランスのパスツール研究所などで重ね、また、国際ヨーネ病学会の理事や副学会長などをしながら研究を続けてきました。そのなかで、家畜のヨーネ病が世界中で蔓延していることや、ヨーネ菌が家畜の伝染病を起こすだけでなく食品を介して人の自己免疫疾患やアレルギーの発生にも関与していることが示唆され、その関連性の解明が急務であると認識しています。

ヨーネ菌と自己免疫疾患との関連は国際的にも研究が進められてきましたが、現在、日本の大学を含めた公的研究機関で食品中のヨーネ菌汚染についての実態調査や研究は実施されておりません。私たちの研究所は一般社団法人の研究所ですが、国内外の大学や研究機関と連携しながら研究を進めています。今回、ヨーネ菌の研究を進めるだけでなく、私たちの研究を多くの方々に知っていただくことで食の安全・安心に対する関心の醸成にもつなげたいと思い、academistでのクラウドファンディングにチャレンジすることを決めました。

ご支援いただいたお金は、市販の食品サンプルの収集、ヨーネ菌抗原の濃縮、ヨーネ菌遺伝子抽出検出試薬、遺伝子増幅試薬、菌やバクテリオファージの培養、分子生物学試薬や消耗品の購入などの研究推進の経費に使う予定です。今後の目標としては、国際ヨーネ病学会(IAP)の研究者ネットワークを通じて最新情報を得ながら、共同研究も実施しつつ、問題意識のある市民の支援者ネットワークの力を結集して国際的に研究をリードしていける研究を進めていきます。比較医学研究所の研究にご支援のほどよろしくお願いいたします。

研究担当者からひとこ

東京都出身の百溪英一(ももたにえいいち)と申します。獣医学研究者としてつくば市の動物衛生研究所に36年間勤務後、看護大学で教育研究をしてベストティーチャー賞ももらいました。研究者になる前に3年間連載マンガを描いていた楽しい経験が教育、研究やプレゼンに役立っていると思います。レース鳩を飼育中です。国研在職中には米国動物衛生研究所やパスツール研究所で「ヨーネ菌」や「らい菌」の感染機構を研究し、2001年よりヨーネ菌と人の炎症性腸疾患(IBD)の研究を開始し現在まで頑張っています。日本はヨーネ病清浄国ですが、欧米では牛等のヨーネ菌感染の蔓延が想像を超えている一方、人の自己免疫病(クローン病、多発性硬化症、1型糖尿病など)の発生に関与することを示す論文は増え続けています。しかし、本菌と人の疾病の関連を究明しているのは私の研究所と順天堂大学医学部神経内科講座だけで、研究を発展させることが急務なのです。みなさまの力をお借りして研究推進をさせてください。よろしくお願いします。写真は順天堂だ学講義前に、順天堂医院前のミニ公園のベンチで昼食。 百溪英一